伏黒恵の術式と宿儺の狙い
目次
はじめに(警告)
本記事には呪術廻戦単行本15巻収録分までのネタバレを含みます。
本記事の宗教や歴史に関する記述の多くは、専門家の考証を経た文献を参照しておらず、素人がWebで片手間に調べた情報に基づいており、信頼性は高くありません。
あくまでも本記事の目的は、宗教的、歴史的なモチーフから呪術廻戦という作品を考察し、作品の鑑賞を楽しむことですので、厳密な考証に基づかない点についてはご容赦いただきたいと思います。
概要
本記事では伏黒恵の術式「十種影法術」と、恵を利用した宿儺の狙いについて主に考察し、それらから示唆される禪院家のルーツや宿儺の正体についても述べる。
十種影法術
「呪術廻戦」には神道や仏教の様々な用語やモチーフが登場するが、伏黒恵の術式、「十種影法術」にも由来が存在すると噂されている。
「十種神宝(とくさのかんだから)」またの名を「天璽瑞宝十種(あまつしるしみずたからとくさ)」といい、「先代旧事本紀」という神典に登場する宝物である。
日本神話の神、天神御祖(あまつかみみおや ※天照大神と高木神を指す)が饒速日命(にぎはやひのみこと)に授けたとされ、以下の鏡2種、剣1種、玉4種、比礼3種(ひれ※女性が身に着けるストールのような布)で構成される。
- 沖津鏡(おきつかがみ)
- 辺津鏡(へつかがみ)
- 八握剣(やつかのつるぎ)
- 生玉(いくたま)
- 死返玉(まかるかへしのたま)
- 足玉(たるたま)
- 道返玉(ちかへしのたま)
- 蛇比礼(おろちのひれ)
- 蜂比礼(はちのひれ)
- 品物之比礼(くさぐさのもののひれ)
恵の式神にはそれぞれこの神宝を象徴する印がある。
玉犬(白)には「道返玉」の印 *2
玉犬(黒)には「足玉」の印 *3
蝦蟇には「沖津鏡」の印 *4
万象には「辺津鏡」の印 *5
摩虎羅には「八握剣」のモチーフが見られる*6
大蛇と鵺ははっきりとした印がわからないが、蛇比礼(おろちのひれ)、蜂比礼(はちのひれ)にそれぞれ対応すると推測する。
十種影法術: 「渾」の法則
ここで、単行本六巻に登場する十種影法術の解説を振り返りたい。能力の引継ぎ「渾」が可能な組み合わせには一定のルールが存在するとある。*7
玉犬(白)は道返玉、玉犬(黒)は足玉に対応しており、いずれも玉に属して対の関係にある。
渾の玉犬にはこの両方の印が刻まれている。*8
ここで摩虎羅の襟元をよく見ると鵺と大蛇に似たものが巻き付いている。
恵は「呪胎戴天」の宿儺戦で大蛇を、交流会での花御戦で鵺を失っており、これらが摩虎羅に継承されたと思われる。
出典は定かではないが、十種神宝と三種の神器が対応しており、各鏡は八咫鏡、剣と比礼は草薙剣、玉は八尺瓊勾玉であるとする説があるらしい。
渾の法則はその説をベースにして、玉は玉同士、鏡は鏡同士、そして剣は比礼と混ざりあうのだと考えると辻褄があう。
この解説にはもう一つ重要なポイントがある。
式神の①は玉犬(白・黒)となっており、二つの玉が1セットにされている。
残りの十種神宝一つにつき一体の式神が対応するとすると、⑨までしか埋まらない。
実は、この十番目の式神こそが恵を利用した宿儺の狙いの核心ではないかと考えている。
布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)
十種神宝を祀る神社として、奈良県の石上神宮、島根県の物部神社が知られている。
このうち石上神宮の主祭神の一つに「布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)」があるが、これは十種神宝そのものに宿る霊魂を指すという。
「先代旧事本紀」によれば天神御祖が饒速日命に十種神宝を授ける際、「布瑠の言(ふるのこと)」と呼ばれる以下の祓詞を唱えて神宝をふれば、死者をも蘇生させることができると宣ったそうだ。
「一二三四五六七八九十、布留部 由良由良止 布留部(ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ)」
この祓詞の一部は、恵が摩虎羅を召喚するシーンで登場している。*9
饒速日命の子、宇摩志麻治命(うましまじのみこと)は父から十種神宝を受け継ぎ、その力で神武天皇と皇后の鎮魂を行ったとされる。
宿儺の狙い
これらの神話・伝承から、十種影法術の十番目の式神は布留御魂大神であり、神宝の式神すべてが渾して顕現するのだと推測する。
宿儺の狙いは、布留御魂大神を用いて死者復活の儀を行い、完全復活を遂げることにあるのではないかと考える。*10
二巻で恵に「宝の持ち腐れ」と投げかけるシーンがあったが、宿儺はこの時点で恵の術式の本懐に気づいており、文字通り「神宝」を「宝」と呼んだのかもしれない。*11
宿儺が恵に執心するのもこの後からである。
禪院家と日本神話、日本古代史
禪院家と神話、古代史との関わりについても考察する。
石上神宮は、先に挙げた饒速日命、宇摩志麻遅命の子孫である伊香色雄(いかがしこお)が、崇神天皇の代に布都御魂大神を十種神宝と共に、石上高庭の地に祀ったのを創祀とする。 伊香色雄は古代軍事氏族である物部氏の祖先にあたる。
十種影法術が禪院家の相伝術式であることを考えると、禅院家のルーツはこの物部氏にあると考えて良さそうだ。
物部氏は軍事、警察を司る氏族であったことから、各地に武器庫を所有していた。
石上神社もその役割を果たしており、多くの神宝が納められたと言われている。
禪院家は宝物庫に豊富な呪具を所有し、中には游雲をはじめとする特級呪具が存在するが、その中には物部氏の時代に所有していたものも含まれているのかもしれない。*12
「先代旧事本記」によれば、饒速日命は忍穂耳命(おしほみみ)の子で、天照大神の孫神である。饒速日命は天照の孫である証として十種神宝を授けられ、高天原から天磐船に乗って河内国の河上の地(大阪府)に降臨し、その後大倭国(奈良県)に移ったとされている。
饒速日命は大倭国で支配力を持つ豪族であった長髄彦(ながすねひこ)を帰順させ、その地を統治した。また長髄彦の妹と契り宇摩志麻治命を設けた。しかし饒速日命は宇摩志麻治命が生まれる前に亡くなってしまい、その後は宇摩志麻治命がその地を統治した。
その後大倭国は神武天皇の東征に見舞われる。長髄彦は神武天皇を拒絶し抵抗を続けたが、最終的には宇摩志麻治命が長髄彦を殺害し、神武天皇に帰順した。
一方、一般的に日本神話で天照大神の本孫として知られているのは「天逆鉾(あまさかのほこ)」の伝説で知られる瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)である。
実は「先代旧事本記」の饒速日命についての記述には、「日本書紀」や「古事記」に存在しないものや、内容が食い違うものが存在する。
「先代旧事本記」によれば饒速日命は天照大神の本孫であり、天忍穗耳尊(あめのおしほみみの長男であり、瓊瓊杵尊の兄に当たる。
しかし、「古事記」「日本書紀」において天照大神の本孫とは瓊瓊杵尊を指す。日本書紀には神武東征に先立って饒速日命が天照大神から十種の神宝を授かり天磐船に乗って河内国に降臨し、大倭国を統治していた記載があるが、饒速日命が天照大神の孫であったという記載はない。天照大神から葦原の中津国統治の命をうけ瓊瓊杵尊が高千穂峰に下った出来事が「天孫降臨」として記述されている。
瓊瓊杵尊が高千穂で用いた「天逆鉾」は「呪術廻戦」作中にも登場している。かつて甚爾が五条悟に致命傷を与えた武器がそれである。*13
饒速日命は物部氏の祖神にあたるが、一方瓊瓊杵尊は神武天皇の曽祖父である。
「先代旧事本記」の史料価値には議論があり、偽書とする説も根強い一方で、記紀とは由来が異なる物部氏の古い伝承を元に編纂されたと考える見方もあるようだ。
「先代旧事本記」によれば、天照大神の正統な血統であるにも関わらず、神武天皇の治世その配下に下った物部氏は、歴史の「影」に追いやられた存在だと解釈できなくもない。
史実考証はさておき、「呪術廻戦」の設定がこの「先代旧事本記」の伝承をもとにしていたとしてもおかしくはない。十種影法術の「影」はこれにちなむのかもしれない。
宿儺の正体
一般的には「日本書紀」に記述のある「両面宿儺」が宿儺のモデルと言われている。
日本書紀によれば「両面宿儺」が飛騨に現れたのは仁徳天皇の時代であり、西暦でいえば四世紀末から五世紀前半にあたる。
しかし、五条悟の言によれば、宿儺は千年以上前に実在した人間であり、呪術全盛の時代に跋扈したそうだ。*14
宿儺自身も千年前(十世紀後半~十一世紀前半と推定)に数々の猛者と対峙したことに触れている。*16
実は、作中の宿儺が活躍した時代と、「日本書紀」における「両面宿儺」の伝承には五百年の隔たりがある。
長命であったか、平安に降り立った際は呪霊化していた可能性も考えられるが、日本書紀の「両面宿儺」とは別人であった可能性も考慮すべきではないだろうか。
大和朝廷初期(三世紀~五世紀ごろ)「宿禰(スクネ)」という武人や行政官を表す称号が存在した。「宿儺」は「宿禰(スクネ)」の別表記として見られる。
宿禰を号する多くは物部氏の先祖であったと言われる。先に挙げた宇摩志麻遅命や伊香色雄もそれに含まれる。
七世紀後半、天武天皇によって「八色の姓(やくさのかばね)」という氏姓制度が制定される。その際定められた八つの姓のうち、上位三姓は上から順に「真人(まひと)」、「朝臣(あそみ・あそん)」、「宿禰(すくね)」であり、皇族と関係の深い臣下に与えられた。
作中の「宿儺」が平安時代の人物と考えると、宿禰姓にちなんでそう呼ばれた可能性がある。
また、十三巻に宿儺が炎の術式を用いるのを見て、漏瑚が驚くシーンがある。*17
炎の術式は「両面宿儺」の伝承にないものだったと考えられる。
また、宿儺の言動は自分自身を呪霊とは別の存在だと捉えているように聞こえる。
もし単なる人間や呪術師でなければ、神として位置づけられるような存在なのかもしれない。
宿儺の正体については、今後も考察を続けていきたい。
参考文献
週刊少年ジャンプ2021年8号 「呪術廻戦」第136話 集英社
十種神宝、石上坐布留御魂神社、物部 – 古代史俯瞰 by tokyoblog
http://kamnavi.jp/mn/togusa.htm
『先代旧事本紀』巻第三・天神本紀「饒速日尊(ニギハヤヒ)誕生から神去まで」<現代語訳・読み下し文・解説>まとめ | てんしょー寺blog
饒速日、宇摩志麻遅命、長髄彦 – 古代史俯瞰 by tokyoblog
*1:田脇日吉神社HP http://tawakihiyoshi.com/page3.html
*2:呪術廻戦1 p.156
*3:呪術廻戦1巻 p.177
*4:呪術廻戦1 p.185
*5:呪術廻戦6 p.14
*6:呪術廻戦14 p.36
*7:呪術廻戦6 p.88
*8:呪術廻戦6 p.81
*9:呪術廻戦14 p.35
*10:呪術廻戦13 p.130, 呪術廻戦14 p.43, p.46
*11:呪術廻戦2 p.38
*12:呪術廻戦6巻 p.69
*13:呪術廻戦9 p.25
*14:呪術廻戦1 p.91
*15:週刊少年ジャンプ2021年8号 「呪術廻戦」第136話 p.133
*16:呪術廻戦14 p.19
*17:呪術廻戦13 p.190-191